昨年のサッカーワールドカップで、日本がコスタリカに敗戦した際、解説の本田圭佑さんが言った
「勝手に期待しすぎて勝手に失望してるだけ」というとても印象的な言葉がありました。
SNSでの反応を見ても、心にずしりと感じた人が多かったようです。
「勝手に期待して勝手に失望する」
仕事の場面においてもよくある事のように感じます。
「3回も教えたのだから次はできるはず」
「こんなに頑張ったのだから評価されるはず」
「あの人はきっと私の味方をしてくれるはず」
これらは全て「勝手な期待」とも言えます。
部下への期待、上司への期待、同僚への期待。
そして期待に見合う結果が得られなかった時に勝手に失望し「あの人はダメだ」と勝手に評価までしてしまうこともあります。
つまり、期待値が高ければ高いほど、人間関係も壊れやすくなることを私たちは知っておく必要がありそうです。
先日、初めて行った美容院でのことです。
ネット上の評価も高く、ここならば満足いくカットをしてもらえるのではと期待を持って当日を迎えました。
初めてということもあり、若干の緊張を感じながらお店に入りましたが、誰も出迎えてくれません。
そしてお店全体にモノが散乱しており、清潔感という意味でも微妙です。
「失敗したか・・・」と感じつつもカットをしてもらいましたが、カットそのものは満足のいく仕上がりでした。
さて、皆さんならこのお店に次も行きますか?
ここでその判断基準となるのが「どこまで期待するか?」です。
接遇マナーや清掃状態も自分の期待以上のレベルでなければダメだと思えば次はないでしょう。
一方で、本来このお店に期待していたのはカットの技術。それ以外のことまで期待しすぎてしまうと、また美容院探しの旅が始まってしまう。
私は次もそのお店を選びました。
この体験を通じて実感したことは“期待のセンターピンは何か”を明確にしておくことの大切さです。
言い換えれば「ここさえクリアしてくれれば良い」と決めておくことです。
日頃、多くの人との会話の中で、常に怒っていたり誰かへの不満ばかりを言葉にしている人がいます。
言っていることは間違っていないことがほとんどですし、医院を良くしたいという思いの現れでもあります。
私にとっても仕事を進めていく上で貴重な情報であることも少なくありません。
ただ、当の本人はとても苦しそうなのです。相手への期待が大きくなればなるほど、自分を苦しめることにもなっているかもしれませんね。
誤解してほしくないのは、期待をゼロにしましょうという話ではありません。
「私は部下に、上司に、同僚に、患者さんに、医院に、まずはこれを期待しよう」と期待のセンターピンを決めてみませんか?というご提案です。
期待の選択能力。益々価値観が多様化する世の中において、大切な要素だと思いませんか?