知識と引き換えに

2020.04.11

クライアントの皆さまは薄々(?)気づいておられますが、私は“写真”にどっぷりとハマっています。

 

カメラ自体はかれこれ15年以上前から使っていましたが、よくある教則本を読んだり、DVDを買ったり、フォトグラファーのセミナーに参加したりとしていく内に、もう引き返せなくなり(何に?)、昨年から大学に入学、写真コースにて本格的に写真道を邁進しております。

 

写真に限らず、何事もそうなのでしょうが、深く探求していけばいくほど、その頂の高さを目の当たりとする事となり、それは同時に自分の未熟さを突きつけられる事でもあります。

 

黄金比や三分割、日の丸構図など、いわゆる撮りたい対象物をどのようにフレームに納めるると良いか?とか、

絞り値やシャッタースピード、ISO感度などの各種設定についても、先人達が確立されてきた“理屈”があり、それらを一つ一つ学んでいく訳です。(興味がない方にとっては、全く分からない話ですが)

 

 そういった“理屈”を知ることも学びに本腰を入れた目的の一つですので、それはそれで良いことなのですが、知識の幅が広がれば広がるほど、その知識が邪魔となることもあります。

 

例えば、各医院でスタッフ集合写真を撮影させていただく事がありますが、その写真で一番大切なことは何か?というと、それは被写体である“スタッフの皆さんの良い表情”です。

 

こう言うと、

「そりゃ当たり前だろ」

と思われるかもしれませんが、知識オタクになると、その大切がどっか行っちゃう事があるのです。

 

絞りはどうすべきか?

光はどこから来てる?ス

トロボの強さはどうする?

適切なシャッタースピードは?・・・と、

そこに映る主人公である人物よりも、機械の設定の方に意識がいってしまう・・・。

 

実際にシャッターを押して、プレビュー画面を見ても、まず見るのは露出(明るさ)は適正か?ブレている箇所はないか?と人物の表情ではないところばかりを気にしている自分がいるのです。

 

何のために写真を撮っているのか?学んでいるのか?

を見失い、まさに本末転倒な状況になるのですが、これこそ知識が邪魔をしてしまう典型的な症状です。

 

実際に、写真を本格的に学び始める前と後の写真を見比べてみると、皮肉にも何も知らずにカメラ任せで撮っていた頃のほうが人物の良い表情を捉えていることが多かったりします。

それはきっと、知識がないことが幸いして、相手の表情にだけ意識を向けていたからでしょう。

 

知識と引き換えに一番大切なものが見えなくなることがある。 

教訓です。

 

皆さんも専門職として、患者さんのため、そして自分自身のために様々な学びを深めていると思います。

学びは進化ですので、素晴らしいことに違いありませんが、知らず知らずの内に大切なことを見失ってしまっていることもあるかもしれません。

時に「なにが一番大切?」「これは何のため?」と自分に尋ねてみるのもありかもしれませんね。