ミーティングの主語

2020.03.26

各医院への訪問日では、ほぼ全ての医院で全体ミーティングを行っています。 

その雰囲気はそれぞれで、発言を振らない限り決して自分からは考えを発しない医院もあれば、時にはこちらから制止しなければ収拾がつかないほど、発言が止まらない医院もあります。 

 

前者の医院では“当てられたらどうしよう”という表情が垣間見えますし、後者の医院では、他人が発言している間も“早く自分の意見を言いたい!”とウズウズしている様子が手に取るように分かることもあります。 

 

発言が多いミーティングは一見とても良いことのように見えますが、そう単純な話でもありません。同じ発言が多いでも、決めるべきことが決まり、着実に前進するミーティングもあれば、発言量は多いにも関わらず、中々結論に至らない、話が違う方向に逸れる、人間関係がこじれてしまうというミーティングもあります。 

 

その違いはどこにあるのだろう?と検証してみると、個々の目指している “目的” が違うことが見えてきました。 

 

決めるべきことが決まる生産性が高いミーティングでは “医院のため、患者さんのため” が主語になった発言が多く、例え自分の考え方とは違う意見が挙がったとしても、目指しているゴールは同じという前提がそこにあります。結果として個人攻撃となることは少なく、どれだけ白熱した議論になったとしても、後に尾を引くことはほとんどありません。 

 

一方、生産性が上がらないミーティングでの主語は “自分のため” です。 

 

「ただでも忙しいのに、そんなのやる時間がない」「それをやる意味ってどこにあるんですか?」といったように、表面的には正しさを装ってはいますが、相手の考えの欠点を探し、それを指摘することで自分の正しさを認めさせることが目的になっています。 

 

人は誰しも否定されることは怖いものです。 

 

医院のため、患者さんのためと思って発言したとしても、承認よりも否定が多いミーティングが続くと、自ずと発言そのものを止めてしまいます。 

 

冒頭の “発言を振らない限り決して自分からは考えを発しない医院” というのは、もしかすると発言→否定の風土や癖があるのかもしれません。 

 

ただ難しいことに “自分”が主語になってしまっている人も、本人は医院のため、患者さんのためと思い込んでいるケースが多いのがやっかいなところです。

 

知らず知らずの内に自分主語を防ぐためには「現状ではそれをやる時間が見出せませんが、こうすれば時間を作ることが可能かもしれませんね」「それをやる意味を正しく理解したいので、もう少し具体的に教えてもらってもいいですか?」といったように “意見+提案” をセットで発することがポイントです。 

 

このセットでの発言が多くなると、自分の考えの可能性を仲間が広げてくれるという認識が共有されていくことになり、そこに信頼が生まれ、チームワークが育まれます。 

 

そして、ミーティングは戦いの場ではなく創造の場に変わります。