痛い歯だけで結構です

2020.03.24

初診カウンセリングでのヒアリングやチェアサイドや受付での会話など、日々の診療の中で、患者さんとのコミュニケーションの場は多くあります。

「患者さんとのコミュニケーションは大切か?」という問いに対しては、きっとほとんどの方が「大切である」というお考えではないでしょうか。 

 

では「なぜ大切なのか?」ともう一歩問いを深めてみるといかがでしょうか? 

 

「関係作りのため」

「緊張せず安心して診療を受けていただくため」

「医療事故を防ぐため」など、様々な考えがあるかと思います。 

 

それらは全て正解と言えると思いますが、私が思う大きな目的の一つは「患者さんの物語を知ること」です。 

 

例えばこんな物語です。 

ある日、皆さんの医院に20代の患者さんが訪れました。

「奥歯が痛い」という主訴で口腔内を診てみると、主訴以外にも多くの歯がむし歯に侵されています。

このままでは近い将来、抜歯となるであろう歯もあり、この機会に集中して治療を行うことが望ましい状況です。 

 

あなたは今の状況と必要である治療内容を一生懸命説明をしますが、当の患者さんはどこか上の空のような雰囲気で事の重大さを理解しているように見えません。

「どうしますか?」というあなたの問いに対しても

「とりあえず今回はこの痛い歯だけで結構です」との回答・・。

 

「分かりました」と言葉では言いながら「なんて意識の低い患者なんだ」とあなたは心の中でつぶやきます。 

 

さて、この「意識の低い患者さん」ですが、実はこんな物語が背景にあったとするとどうでしょうか?

 

幼い頃から経済的に苦しい家庭に育ち、少しでも家計を助けたいという思いから進学を諦め、早くに就職をした。

口腔疾患について正しい知識を持ちあわせていなかったこともあり、むし歯はどんどん進行していき、今、歯科にかかれば多額の治療費が必要になるのではと予想している。それでも歯の痛みに耐えられず受診をしたが、治療費のことが気になって仕方がない。少しでも治療費をおさえるために、今はとりあえず痛んでいる部位だけを治してもらうことをお願いしよう。 

 

そして出てきた言葉が「痛い歯だけで結構です」 

 

医療者としてその「物語」を知って患者さんに臨むのと、知らずに臨むのでは提供したいと思える医療が変わってきます。

知らないと「何て意識の低い患者だ」という思いで臨むことになり、その思いは隠そうと思っても態度になり言葉になります。

知っていると「今の状況の中で出来ることは何だろうか?」、「この患者さんを救ってあげる方法はないだろうか?」という寄り添いの気持ちが芽生えてくることもあります。 

 

これが「物語」を知る価値です。

医療者も患者さんも、それぞれの人生の中で培われた価値観があり、物語があります。

そこへ目を向けた医療やサービスが提供できるかどうか?が、どこか冷めた現代に求められているような気がしてなりません。皆さんはどうお感じですか?