「正しさ」の切れ味

2019.11.12

人間とチンパンジーの遺伝子レベルの違いはほんの1%
その違いは、言語とコミュニケーション・・・らしいです。

言語を扱いコミュニケーションを取ることが出来る人間は、一見優れているように見えますが、言語を使えるからこそ難しくしちゃってる事もあります。

 

例えば、

「正しさ」

はその際たるもので、その扱いを誤ってしまうと、人間関係は脆くも簡単に崩れてしまいます。

 

わたし自身も何度もそれで失敗している人間のひとりです。

仕事柄、スタッフの皆さんとの個別面談で今の医院の問題点を聞かせていただく事が多くあります。

 

その内容というのは多岐にわたりますが、中でも定番の如く挙がってくることが、待ち時間に関することです。

 

「待ち時間が頻発してます」

「30分待ちなんて当たり前です」

「予約制なのにおかしくないですか?」

「挨拶の前に申し訳ありません、と言わないといけないのが辛い」

 

などなど、どれもごもっともで正しい意見です。

 

「そりゃ、問題だ!」

 

医院の問題を掴んだ私はコンサルタントよろしくの勢いで、クライアントにこう提言します。

 

「待ち時間が多いようですね。予約制な訳ですから、それはマズいですね。時間が無い人や厳しい人には選ばれない医院になる、もしくは既になっているかもしれません。」

 

「確かにそうですね。ただ、急患も多いですし、断る訳にもいきませんから…」

とクライアント。

 

そこに私は更に正しさを展開します。

 

「それは言い訳ですね。待ち時間の解決方法は2つしかありません。一つは受けられるキャパを増やすこと。ユニットを増やすか1診療あたりの時間を短縮するかです。もう一つは患者数を抑えることです。どうされますか?」

 

眉間に皺を寄せて黙るクライアント。

極端な表現ではありますが、こんなやり取りが多くありました。

 

言ってることは間違いではないかもしれません。

一般論や理屈上は正しいです。

しかし、理屈上正しければ正しいほど、相手は言葉を失います。

正しさ、というのは、もの凄い切れ味ですから、切られて血をダラダラ流している状態です。

言ってる方は「正しさ」が自分の言動の全てを肯定してしまい、その根本的な間違いに気づく意識を失ってしまっています。

そもそもクライアントからすれば、そんなこと、

「あんたに言われなくても分かっとるわい!」

ということです。

 

分かってるけど出来ない理由、背景がある訳で、そこをドヤ顔で指摘されても、イラッとするばかりです。
正しい正しくない、なんてもはや関係ない状態になっています。

 

ここで大切なのは、待ち時間があるのは仕方ないとか、全てクライアントの言い分を肯定するという事ではありません。

 

そういった課題を解決したいという思いはある、だからこそ弊社にご依頼を頂いている訳です。

 

その理由、背景にじっくりと耳を傾ける、理解することが始まりでは?という、それこそ「正しさ」を経験の中で気づいていきました。

 

今でも時に正しさ、を前面にした表現をすることはあります。ただ、それは意図的に必要だと考える時、もしくはクライアントがそれを望んでいる時です。(正しいことを正面切って言ってくれる存在がいない、というご相談もよくあります)

 

私自身がそうだったからこそ分かるのですが、この正しさ主張者を目にする事が多いです。各医院でも一定数いますし、ネットの書き込みなんかも、正しさ主張のオンパレードですよね。

 

「そんなんなら言葉なんか無い方がいいんじゃない?」

 

とチンパンジーに言われないように、目の前の人の本当の望みは何か?を掴める人間になりたいものです。